今週の作戦行動:近く街の地方巡業が帰宅難民に。

金曜日, 9月 7th, 2018

4日から道央のとある港町で4日間ほど仕事で地方巡業。

初日はあさからJRの特急に乗り、久々の車内販売を横目で見つつ、炭酸水を飲み干してほどなく到着。正味40分、60キロくらい、2千円ちょっとの移動距離でその日から仕事。夜はのんびりと仕事仲間と呑んで、台風21号の襲来を踏まえて21時頃に軽く寝酒を買って宿に帰り、その日は台風をやり過ごしながら宿で寝る。

翌日、台風は過ぎ去った後だったが、強風のあとで閉鎖されたビルのトタンの壁が剥がれたり、袖看板が壊れかかる姿を横目に現場入りし、夜にまた近くの宿に投宿。そこは飲み屋が結構あったので、ぷらぷら感性にまかせて飲んで食べて、ひょんなところで昔の行きつけだった店のスタッフにバッタリ会ったりして楽しい夜を過ごした後、深夜日付変更線を越える前に宿に帰投。外は台風一過の大気が不安定だったので、稲光と生温かい風とちょっと雨のなんとも蒸し蒸しする夜だった。9月にしては夜に珍しく20度程度あり、暖かかったのもあるけど・・・

ホテルの冷蔵庫に2リットルの水とプリンどら焼き、明日の朝用にちょっとしたつまみとアルコールを装備。

早速チューハイを飲み、床につく。そして、ほどなく夢の中へ・・・

深夜、突如の浮遊感。なんか10センチくらい体が浮いた?

かと思うと、やたら揺れる。なんだこの夢は?ずいぶんリアルな夢だなとか思っていたら、リアルな振動音と緊急地震速報のアラート音が4回鳴動。

我に返り目をさますと、おお、激しく横揺れが10秒程度、その後窓から離れつつつけっぱなしのホテルのテレビ(音は消音にしている)がバタバタと揺れ、落ちるほどではなかったが、外の明かりもシン・ゴジラの夜襲のような感じでパタパタと消えたり、そして地震がおさまりつつある頃には明かりも戻り、近くから見えるコンビニも明かりが見受けられた。

道路に行き交う車はなく、ふと歩道に退避していたと思しきタクシーを見て、ああ、結構揺れたんだなと実感。

国営放送を流しっぱなしだったので消音を解除し音量を上げる、地震が震度が6強で、しかも震源地は隣町であることがわかり、なんとなくやべーときにきちまったなーと一抹の不安を覚えつつ、内陸型地震で、津波の心配がないことを確認し、周りを見渡してガラスや鏡、後、出口の確保をしてニュースを見つつホテルの中で状況を把握、強振度モニタをMBAとiPhoneで表示させつつ、ガラスから離れたベッドでゴロゴロしながら情報収集を開始して、0328頃、ふっと外の明かりが消え、目の前に見えた青い照明看板があった辺りが漆黒になる。あ、全停電だ。テレビも消えた。

ほどなくホテルは非常照明に切り替わるが、何か嫌な警告音が響き渡る。ふっと部屋の扉を開け放ち、近くにあった自動火災報知器を見る。でもランプは点滅していない。なんだ?

隣の部屋の人となんだろね?と話していると、どうやら、エレベータの緊急停止らしい、この地震でエレベータは使うのはダメだろ。ゴンドラもこのフロアにないことがわかったので、とりあえず解散、部屋にこもって余震と近くの飲み屋の光景、ガス漏れで発火とかしないかなと注視しつつ、部屋の非常照明の明かりを頼りにカバンに入れていたバッテリの確認とMBAをしまい、最低限の端末だけ電源を入れて後は予備に回して電源を落とす。

今回の遠征は近くということもあり、カバンには意識して入れていた2個のモバイルバッテリ、弄ってみるとさらに2個、計4個出てきた、しかもラッキーなことに1個はLED照明とソーラーパネル付きのやつ。あとはiPhone6s,iphone8,iPhoneSE,iPadAirが2枚(仕事用と写真レタッチ用)、手帳代わりのiPadmini4が入っていた。我ながら何台入れてるんだよって感じ。呆れながら、バックパックの整理をしつつ正・副・予備の3系統にふりわける。モバイルルータもカバンから2個、。1個は台湾で使ったまんまのSIM取替してなかったやつ、あとはドコモのモバイルルータ、どっちもファーウェイで電池も同じやつなので、とりあえずこれも予備回線のためにカバンに忍ばせる。

そんなことをしたあとで、手荷物の整理とプライオリティの荷物整理を余震を味わいながら行ったので、、ベッドサイドに靴をおいて、何かあっても大丈夫なように動きやすいズボンを履いたまま仮眠・・・程なく館内放送で予備電源が切れる旨の放送を聞いて寝落ち。

・・・翌朝。夜明け前にちょっと大きな余震があって目が覚める。まあ、想定はしていたが、体がなれてしまっているのか、すでに小さな微動でも動じなくなっている。

空は明るくなってきて、気がつけば窓から見える道路の車の流れがやけに多い。なんだろう、まさか津波回避のための予防行動?それとも隣町へ避難?朝5時にしては騒がしいし、なんかホイッスルの音がするようになったなー・・・と思って、ホテルの外に出てみると、そこにはおまわりさんが交通整理で立っていた。朝からお疲れ様です、ホント。

ホテルの朝食開始の時間になったけど、きっとこの事態、電気もないなかだめだろうと思い、当座の小腹を満たすのと、このあとの行動をどうするか考え、近くを哨戒しておくのもあるので、財布と朝食券を持ってとりあえずホテルのロビー横の食堂へ。

え?明かりはついてないけど、朝日のふりそそぐレストランには食べ物のバイキングが!すげー、素晴らしい!ということで、少し抑え気味に腹いっぱい食事を済ませ、店に人に感謝を伝えつつ外へ。

周りを見る限り、隆起や陥没、地震特有の被害は見受けられなかった。ただ、電気が来ていないので、信号機もつかない状態。警邏の2人が国道36号線の交差点を仕切っていた。

まあ、そうだよなー、と思いつつ、近くのセブンイレブンに向かうと、室内照明とコンビニATM、冷蔵庫、冷凍庫は動いていないが、レジは健在、商品も水を中心にすっからかん。あと、弁当、おにぎり、パンはすでに空っぽ。こういうときは長期戦をふまえて俺氏的には乾物とカルパス、あとはチョコレートとかナッツ系、スニッカーズの小さいやつとかもいいなぁとかチョコチョコ買い込み、あとは、無糖のお茶と水っぽいものとして炭酸水、あとは1本だけ売れ残っていた午後の紅茶ミルクティを確保。まあ、これで当座mgmgタイムを謳歌できるだろう。という感じか。

同僚いわく、クレジット払いもできたようだ。

朝、巡業の一個分隊の僚が勢揃いしたので、今後の行動の調整を。すでにネットで収集した情報によると、JR、路線バスが全て止まっており、タクシーやレンタカー以外の札幌帰還の術はない。しかも動いたところで、全道的に電気が到達していない状況であることを把握していたのと、この日については、宿泊施設が満室で全く取れない状況にあったことを踏まえ、ホテルのロビーでスタッフ了解のうえで、下手に動いても同しようもないので待機させてもらうこととした。

次のホテルのチェックインまでは、まだしばらく時間があったので、その間にTwitterとfbを中心に情報をかき集める。そこでわかったこと。

電気が北海道全域で止まっていること、今日電気の復旧する目処がわかること、大規模停電を理由にバス会社すべてが運行を見合わせていること、JRが終日運休していること、近隣の町や札幌でも被害があり、すでに何らかの混乱が生じていること、水が止まるデマが発生していること・・・などなど。こういうときは安全を確保し、俯瞰して情報を得てから考えて動いたほうがいい。下手に動いて体力を消耗する愚を犯すより、止まって状況を把握し、必要があれば安全側に動くという方向となった。

とりあえず、当日の仕事はできる状態ではなくなったので、身の安全を守る行動は大事というのを言い聞かせ、まずは電気の復旧を待ってみた。

途中、ドコモは通信はできるが通話はできなくなっていた。手持ちの回線はauとドコモのMVNOなので、こういうときにはありがたいかも。でも、13時ころにauのパケットが通りづらくなって、程なく圏外表示。あ、基地局が力尽きたな。

その前にソフトバンクはすでに通話不可に陥っていたようだ。

ネットの情報で、13時ころに砂川の発電所の稼働がアナウンスされたのを見た頃、暗闇と外の明かりがかろうじて漏れていたホテルのロビーがパァッと明るくなる。

やった、ありがてぇ、電気が来た!

14時ころにおそらく第2波の電気回復の報に合わせて、被災地にほど近いあたりにも電気の供給がなされたようだ。なんか気落ちしていた心にもパァッと明るさが灯るのを実感した。

喜び勇んで、15時に次の滞在するホテルにチェックイン、そこで、「テレビ点いてるよ!」と同僚の声。ああ、何か流れてるね、たしかに。よく見ると菅あたりが喋ってるのかねぇ。とか、シン・ゴジラのワンシーンをなにげに思い出しながら、ホテルのチェックインを済ませ、部屋に向かう。

部屋ではまず、USB充電器を取り出し、モバイルバッテリの充電と水の準備、あとは晩飯、朝は用意されていないとのことだったので、翌朝以降の当座の食材の調達の見直しのためまちなか哨戒をすすめる。

被災地で、停電もあり、店は殆ど動いていないが、われらがセイコーマートとセブンイレブンは健在。電気の復旧もあり、ATMなども復活。ほぼ普通のサービスに。ただ、相変わらず弁当、パン、カップラーメン類は棚がスカスカになりつつある。でも、まとめ買いをする姿は見受けられなかった。みんな助け合ってるんだなぁ。冊子と思いやりのある街なんだなと思いつつ、近くの空いていた弁当屋で、ジンギスカン弁当と惣菜をいくつか調達。セイコーマートでビールとワインを調達し、気が向いたら外に出ようか考えつつホテルに戻り明日の行動計画を立案すべく情報収集を行う。

結局JRは明日昼までは運行見合わせ、新幹線のみは早めに運行判断を決める。とのこと。路線バスは翌朝まで状況わからず、大手バス会社は早々に地震当日の運行見合わせを告知していた。

そのため、被災地離脱のため、レンタカーの確保のため新千歳空港までのアクセスを検討した結果、タクシー会社に連絡して、とりあえず新千歳空港に行くプランを立案。その後、空港が可動したのを見計らって札幌への帰途を思案することとした。結果それは一番早く経済的に移動できるプランであることであることがあとの検証によってわかることとなった。

(つづく)

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