平和ボケ、安全ボケ、政治ボケ。三ボケが日本を潰す。

日曜日, 6月 5th, 2011

平和ボケー日本は戦後、結局のところアメリカの加護の中、国を守っている形にはなっている。だが、軍事力及び統率力は周辺国に比し強固ではない。

安全ボケー事故が起きてない=安全神話ではない。たまたまラッキーなことに、今までの注意でそれほど被害を及ぼしていないが、実はとんでもないことになっている。そして、「知らなければ良かった情報」は時として隠蔽され、なかったことになっている。

政治ボケー政治がグダグダになっているのをいいことに、国を政治力でコントロールする機構が崩壊していることをここ最近まで実感するレベルになかった。これは、官僚機構と報道などのマスコミ機関によって形成された虚構となっている「世論」らしきバイアスで保たれているような感じのもの。

これらの3つのボケが、今まではうまい具合に危ういながらもバランスを保ちつつ「ふわふわ」と存在していたが・・・。

気がつけばどんどんタガが外れてくる、今回の3・11以後は、実はそういう「ふわふわ」だったモノのタガが外れ、現実を直視しようとするときに、すでに耐えられないものになっていた、構造的欠陥を付きつけられたわけだ。

この後にあるのは、ある程度痛みを伴う「復興」だが、この時をきちんと注視し、正していかないと、日本はまた戦前のようなおかしな時代に戻りかねない。

気がつけば基幹産業はとっくに日本を飛び越え、「コスト重視」で海外の安い人件費で生産品を確保できる流れで進んでいる。かくいう日本は、震災後の内需をこともあろうに海外で仕様としている、まあ、リスク分散というのもあるのかもしれないし、得手不得手があるのかもしれない。でも、モノづくりを被災者を立ち直らせる原動力とするならば、やはり東北の活路を見出すべきなのかと思う。今までやっていたことができるようになるまで、雇用を創出させるための体制づくりをするとか、復旧のための公共インフラ復旧のための事業をすすめるとかしなければならないときに、政治屋連中はエゴで居座ったり、復興に協力しなかったり。

やれるときにやれることをやらないのであれば、それは給料ドロボー。特に血税をもらって国の安泰をはかるべく働いていない政治屋はさっさと下野すべきなのだ。なんのためにその立場にいるのか?

現場は復旧、復興のため不眠不休で動いている。邪魔する奴らはとりあえず、更迭→投獄でいいんじゃね?

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